最後の食

 

とあるケア付きアパートで勤務していた時

そのアパートでは、2社のヘルパーが入っている所だった。

2社と言っても、経営者が同じなのでいい加減な部分もあった。

 

仮に、A社とB社としよう。

私が属していたのはA社。

日中のサービスプラン(入浴や外出等)は、A・B共がちゃんと分かれていたが

夜勤時は、A社のヘルパーであってもB社担当の入居者さんのケアをする。

ケアと言っても夜間なので、オムツ交換・水分補給や特変対応ぐらい。

 

日中は、A社の私はB社担当の入居者さんには直接関わる事はないけれど

夜勤時には関わるのだから、

B社の入居者さんの身体に関する詳しい情報も把握するようにしていた。

 

勿論、いくら経営者が同じとはいえ会社が違うのだから

介護サマリ等、個人情報は見る事は出来ないが

ADL(日常生活動作)については

そこでの初めての夜勤時に、口頭での申し送りはあった。

でも、ビビりな私は夜勤時にはいつもB社の人に

少しであっても、体調不良と思える人はいないかを聞いてから夜勤に入っていた。

 

その中で、B社担当の Nさ んという入居者さんがいたのだけれど

この N さん、身内がいない生活保護者にて ある部位の末期癌。

本人さんは、延命治療どころか内科的な事に関しては

診てもらう事を拒否されていたらしい。

そんな訳で、特変があっても

救急車は呼ばずの看取り希望になったとの申し送り。

 

この N さんは、かなりの偏屈でやりにくい人だそうだ。

私は夜勤時にしか関わらない所為か、別にそうとは思わなかったし

日中でも、見かけた時にはNさんの方から話しかけてくる事もあった。

 

普段の N さんは、食事は自立なので食介(食事介助)プランは入っていない。

どういういきさつかは、A 社である私は知らないが

体調不良になっても、N さんには食介がつかない。

 

そんなある日の夜勤の入り時

N さんが体調不良にて、ここ2日ばかり殆んど食事を摂らない。

数日前からはオムツ対応になってるし(末期癌なので)もう、ダメなのかも…と聞いた。

 

入居者さんの食事は基本、食堂でだが

B 社の人から N さんの、居室配膳と下膳を頼まれた。

入居者さんの居室は、3~9階まであり夜勤は2人で対応している為

居室配膳の場合、下膳はどうしても遅くなる。

 

…で、N さんの居室へ下膳に行くと

食事には、全く手を付けておられない。

声を掛け、下膳する。

乾ききった食物を見て、何だか哀しくなった。

そして よし! と、ある事を決心をした。

 

翌朝、夜勤の相方には 「そんなに急いで走り回らんでも。」と言われたが

駆けずり回って朝食の片付けや誘導を早めに終え

相方には 「ごめん! ちょっと15分程時間欲しいんやけどいい?」と

断り&了承をとって、N さんの居室へ行った。

やはり何も手をつけていない。

 

  ねぇ N さん。 唇が乾いていますよ? 少しお茶でも飲んでおきましょ?

「ん…。 解った。」

ゆっくりと起き上がるも、端座位での座位保持も出来なくなっている。

N さんの右側に座り、Nさんの背中に左腕回して身体を支えた。

肩で息をして、しんどそうだ。

  起きたついでに、少~しだけでも何か食べましょうか?

「ん…。」

口当たりの良さで食べやすいかも…と思い、デザートのみかん(缶詰)を口へ入れる。

「…!…」 顔をしかめられた。

  口の中、染みますか?

コクンと頷く。

  じゃ、このポテトサラダにしましょうか。 少し食べやすくしますね。

ポテトサラダに水分を含ませて、口へ入れる。

ゆっくりと ゆっくりと咀嚼し 器に入っているのを全部食べられた。

  この葉っぱ(白菜の煮物)も、少し食べましょうか?

「ん…」

二口食べて、動きが止まる。

  もう、食べれないですか? 止めておきます?

「うん。 もう、えぇわ。」

私の方を見て、頭を下げながら 「ありがとうよ。」 と

口元に笑みをつくって言われた。

 

N さんの身体を、ゆっくりと横に寝かせて

  じゃ、これ もう下げておきますね。

「うん。 ほんま、ありがとうよ。」 と、また言われた。

 

 

 

それが最後だった。

 

 

翌日の他界。

 

 

B 社の人に聞いたところ、その後は何も口にしておられず

私が食介した物が、口にした最後の物だった。

 

 

B 社担当の入居者さんに対し、出しゃばった事をしたけれど

 

N さん    最後に食べてくれて     ありがとう

 

 

 

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