昼の顔と夜の顔

 
 
 
コール依存の人がいた。
 
特に夜勤時のコールが酷い。
 
5~10分置きに、ナースコールを鳴らしまくる。
 
認知症の所為かどうかは解らないが、この方は殆んどしゃべらない。
 
しゃべる…と言うより、聞かれた事に対し短い言葉で答えるのみ。
 
しかも、感情が欠落した様な抑揚も無く無表情で。
 
 
 
 
ご飯の食べ方も忘れてしまって、自分の口の中に入る量すら解らない
 
シッカリ側に付いておかないと、詰め込み過ぎて窒息してしまう。
 
 
 
 
その日の夜勤時も酷かった。
 
5分どころか、居室から出ようと戸を開けたとたんにナースコール。
 
どうされました?
 
おしっこ。
 
オムツを開けても、排尿無し。
 
 
 
 
またしてもナースコール。
 
どうされました?
 
何でもない。
 
何も無ければ、コールは押さないで下さいね。
 
 
 
コール コール コール
 
何も無いのに押さないで下さい! 次に、何も無いのにコールを押したら取り上げますからね! 解りました?
 
ん。
 
 
 
コール
 
どうされました?
 
向こうを向いて知らんふり。
 
Tさん? 直ぐにコールを押されるから、他の人の事が出来ないんです。 押さないで下さい!
 
これが最後です。 次にコールを押したら、直ぐに取り上げます。 解りました?
 
………。
 
わ・か・り・ま・し・た・か ? 
 
はい。
 
約束ですよ!?
 
たぶんこの時、鬼の形相をしていたのだと思う。
 
ほんっとーに、腹を立てていた。
 
2時間コールの嵐にて、他の方のオムツ交換すら出来なかったからだ。
 
 
 
 
そして、2分もしない内にまたしてもコール。
 
はい。 何でしょうか?(--#
 
またしても向こうを向いて知らんふり。
 
約束です。 コールを取り上げます。
 
嫌。 取らんといて。
 
両手を伸ばして来た。
 
本当は、こういう事をやってはいけないのだが…。
 
Tさんの手の届かない所にコールを置いた。
 
 
 
 
今のうちだ! とばかりに、他の方のオムツ交換をした。
 
オムツ交換を終え、コールを元に戻そうとTさんの居室へ向かおうとすると…
 
コール。
 
何でや!? 手の届かない所に置いたハズなのに!?
 
 
 
 
Tさんの居室に入ると、コールボタンに手は届かなかったものの
 
コールの線の根元から、必死にボタン部分を手繰り寄せてコールを押した様だ。
 
あのなぁ…そんなにしてまで押すかぁ…。
 
私が手を伸ばすと
 
嫌。 取らんといて。 もう押さへん。
 
小さなコールボタンを胸に抱きかかえる様にして、無表情なまま必死に取られまいとするTさん。
 
その姿を見て、何だか哀しくなった。
 
 
 
 
もう取り上げたりしませんから。 さ、コールを離して寝て下さい。
 
暫く私の顔をジッと見て、コールを手から離して目を瞑る。
 
うっしゃー! こうなったら長期戦じゃぃ! と腹をくくった。
 
 
 
 
居室を出て、5分もしない内にコール。
 
どぉ~し~まっしたぁ~♪? 
 
業務日誌や個人記録の記載事項ファイルを抱えて入室。
 
丸椅子に、ドカッと腰を下ろす私をジッと見るTさん。
 
どうされました? 
 
ニヤリと笑う私を見た後、ぷいっと背を向ける。
 
 
 
 
暫くすると、Tさんの手がコールボタンに伸びる。
 
どうしました?
 
ぎょっ!とした顔で暗がりにいる私の方を見た。
 
たぶん、もう出て行ったのだと思ったのだろう(笑
 
 
 
 
私としては、Tさんの驚いた顔に興味が湧いた。
 
何だ…ちゃんと感情が表情に出るじゃん…と。
 
 
 
 
今、コールを押そうとしたでしょ? 何ですか?
 
仰臥位のまま、プイッと顔だけ向こうをむくTさん。
 
ただ単に、居室にいるだけにしておくと夜勤の仕事が食い込む為
 
暗がりの中、記載事項に取り掛かる。
 
夜目が利くって便利♪
 
 
 
その後Tさんは、コールに伸ばす手を途中で止めては私の方を見る。
 
それを何度か繰り返した後、目を瞑ってはチラッと私を見てから再び目を瞑る…といった事を繰り返していた。
 
1時間程すると、スースー寝息を立てて眠ってしまった。
 
 
 
 
何だ…初めっから、こうした方が早いじゃん。
 
急がば回れだなぁ…。
 
 
 
次の夜勤時、ファイルを抱えて丸椅子に座る私を見ると
 
コールに手を伸ばす事も無く、私がいるのを確認するかの様にチラチラ見ては
 
やがて眠っていった。
 
 
 
そうか…自分からは言葉を発しないが、Tさん…寂しかったんだね。
 
夜勤の度にこれを何度か繰り返すうち、コール回数が減ってきた。
 
 
 
 
ある日の夜勤時、Tさんが私に話し掛けて来た。
 
何で私、こんなにオシッコが出るんやろ?
 
 
 
 
うおぉぉーー!! 驚いた!!!
 
Tさんから話し掛けて来たのは初めてだ! しかも困った様な表情で感情の入ったメリハリのある言葉だった。
 
 
 
 
出るもんは、ナンボでも出た方がイイんですって~。
 
入ったもんは出す! 溜めるならオシッコやなくて、もっとえぇもん溜めて下さいよ。
 
ぶはっ!
 
Tさんが、吹き出して笑った。
 
笑う顔を初めて見た。
 
 
 
その後、少しずつだがTさんから話し掛けて来る回数が増えてきた。
 
よく、笑顔も見せる様になった。
 
ただし、夜勤時限定…(--;
 
日中は、何故か無表情。
 
 
 
 
認知症の方の場合、昼の顔と夜の顔が違う事が多々ある。
 
 
 
 
Tさんの場合も、それなんだろうな。
 
 

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イソラ
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昼の顔と夜の顔 への2件のフィードバック

  1. 空×ジ・O より:

    こんにちは。大変な御仕事ですね。それでいて人の役に立っている♪で、イソラ様も昼の顔と夜の顔が違う事があるのでしょうか?夜の顔が鬼の形相なら・・・空×ジ・Oでも、おむつは手放せない(コラ!)。

  2. イソラ より:

    こんばんは 空xジ・Oさんどんな仕事であろうと 社会的繋がりがあると思うのですが…(^^; <人の役に立っている日中の仕事では、たぶんボーッとした顔をしてるんじゃないかなぁ~?と思います。<昼の顔と夜の顔が違う事が夜行性故、殆んど脊髄反射で動いてます(笑

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